「こちらでございます。
 どうぞお足元にお気をつけ下さい」

「ありがとう
 こんな入口があったんですね。」

ドアノブを下におろしながら重い鉄扉をあけると、八重洲地下街に出る階段が目の前に現れました。

会議が長引いたために、予定していた新幹線に乗れるかどうか終始心配そうな顔立ちだったお客様の顔に、ほっと安心した笑みがあらわれたのを見届け、私はハザードをたいたままの車に戻りました。

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久しぶりに訪れた場所

時計をみると出発時間5分前
車内の携帯が鳴ったので
 お客さが来られるかな?
そう思ったら
秘書さんがちょっと不安げな声色で
「会議が押していて、○○様は少々遅れての出発になります
 5時半の新幹線に乗るにはギリギリ何時に出れば良いでしょうか?」
私はもう一度自分の時計に目を落とし
 「そうですね。遅くても5時15分には出発しないと厳しいですね」
 「承知しました。ありがとうございます」
電話そこで切られました。

私はこの時点で、これは八重洲地下コースだな…
と気持ちはほぼ固まっていました。

5時10分を回ろうとするところで、秘書に案内されて、小走りに車に乗り込んで来られたお客様は、後部座席に腰をおろすなり、若干身を乗り出すような感じで急いでくれと言わんばかり。

 そんなに焦らなくても大丈夫ですよ

とは口に出しませんでしたが、予想より5分も早く来られたことで私の頭の中には、降車場所の情景が浮かんでいて、
これは余裕で間に合うな・・・とハンドルを右にゆっくりと切りながら車を発進させました。

夕方5時台ならそんなに混雑しないことを経験上知ってましたし
高速に乗ってしまえばこっちのもの

口には出しませんでしたが、思い切り余裕の態度を背中でアピールしてみせたのです。

ところが
お客様は車を発進させても、私の背中に不安げな視線をつきさしてくるので
その痛さに耐えかねて
「念のため、高速を使い、東京駅八重洲の地下にご案内します」

安心していただくために、そう言ったところ、
「はあ」と空返事が返ってきました。

ちょうど第一京浜と外堀通りが交差するところで信号にひっかかり、これが意外に長く待たされたのと、前方中央通りとなる銀座8丁目に向けてタクシーがなだれ込むようにして進入し渋滞している光景が目にはいってきて、
 この車もあの渋滞の中に入ってしまうと、ますます時間的に厳しくなるんじゃないか
そんなお客様の不安が力のない返事にしたようでした。

しかし、私はあえて意地悪く無言のまま、右折して昭和通り方面へ車を向け、新橋から会社線にあがりました。

ちらりと時計をみると5時17分
10分もあれば余裕で電車に乗れる時間です。

よしっ ひと仕事が終わったな

何も変わっていない場所に立って

ここに来たのっていつだったかな
運転席にもどって、以前書いたブログ記事をみると2014年・・・
一瞬自分の目を疑いました。
 ありゃりゃ・・3年も経ってる
思わず声が出ました。
八重洲線は頻繁に利用するものの、お客様を降車させたのは3年ぶりだとは・・・

それにしてはこの場所をみるとロケーションは当時のまま
薄暗く、こんなところ2度と来たくなくなるような雰囲気は変わっていません

普通3年といったら高層ビル一棟は余裕で建つような時間。
地上の東京駅はすっかり様変わり、きれいに整備されてきているのに
ここは人々の意識から完全に忘れ去られた場所になっているんですね

tokyo station.jpg

緊急時の避難場所と同じで、ハイヤーを利用されるお客様に降りていただく場所としては不適格なところです。ただし、こういう場所があるということは、もしもの時の切り札として知っていて損はないことでしょう。

実は、経験豊富なベテランドライバーは何枚も切り札を隠しもっているようです。ところが、これがいざという時にならないと出てこないらしく、聞き出そうにも難しいことがわかりました。結局自分なりに時間と経験を積んでいくしかないようです。

経験こそ真の財産なり

久しぶりに訪れたは八重洲地下出口が、以前と何も変わり映えしなかったこととは対照的に、そこに立つ自分は随分と違っていました。
 無駄に時間を過ごしてはこなかったんだな・・・
この3年の間に積み上げてきた経験に裏打ちされた気持ちの余裕、自信がそれを証明していました。

「 金や名誉は一夜にして失うことがあるが、経験は誰にも奪うことが出来ない
 経験こそ真の財産なり」

先人たちがよく口にするこの言葉が、この日改めて胸深く刻み込まれた・・・

と、ここまで原稿を書き上げたら
後ろから小6になる娘がそっと近寄ってきて、わざわざ声を出して読み始めるじゃないですか

ところどころつっかえながらも
読み終えて私の方を振り返って言った一言は

 パパ どや顔だったでしょ!

だそうです。

そうきましたか・・・

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